1. はじめに
私たちの身近にいる猫たちの中には、人間に飼われて幸せに暮らす子もいれば、過酷な環境で命をつないでいる子も少なくありません。野良猫として生まれ、十分な食事も医療も受けられないまま病気になったり、交通事故に遭ったり、または人間の都合で遺棄されてしまう猫たちがいます。
日本では殺処分数は年々減少してきているものの、いまだに多くの猫が行き場を失っているのが現状です。
そんな中で重要な役割を果たしているのが「保護猫活動」です。保護団体や個人ボランティアによって一度は行き場を失った猫たちが保護され、医療を受け、里親に出会うまでの間、安全な環境で暮らせるように整えていく。その過程で欠かせないのが「お預かり」という存在です。
お預かりボランティアは、シェルターや団体だけでは受け止めきれない猫たちを、自宅に迎え入れ、一時的に世話をする人たちです。直接譲渡をするのは保護団体であっても、その間の生活を支えるのは預かりボランティアの大切な役割なのです。
2. 出会いの瞬間
お預かりのスタートは、たいてい突然やってきます。保護団体から連絡を受け、「この子をお願いできますか?」と言われてケージを用意し、心の準備をする間もなく子猫たちがやってくる。初めて迎え入れるときは、緊張と期待が入り混じった独特の空気が流れます。
ケージに入った子猫たちは、最初は瞳を大きく見開き、体を小さく丸め、身を寄せ合います。シャーッと威嚇する子、固まって動けない子、隅に隠れてこちらをじっと観察する子。人の手に触れた経験がほとんどない猫にとって、新しい環境は恐怖そのものです。
しかし、その緊張感の中にも「ここなら安全かもしれない」という本能的な安心感が少しずつ芽生えます。柔らかい毛布、清潔なトイレ、温かい食事、そして何より「見守ってくれる人の存在」。これが保護猫たちの最初の一歩です。
3. 環境づくり
お預かりをするにあたって、まず大切なのは環境を整えることです。ケージは必須であり、特に最初の数週間は脱走防止のためにも安全なスペースとして欠かせません。上下運動ができる2段や3段のケージを用意すれば、猫も安心して過ごせます。
トイレは清潔を保ち、砂の種類を猫の好みに合わせて工夫します。食器は倒れにくいものを選び、水は常に新鮮なものを置いておくこと。寝床にはふかふかの毛布やタオルを用意し、狭い隙間を好む子のためにキャリーや箱を入れてあげると落ち着きやすくなります。
また、部屋全体の安全も重要です。窓の網戸はしっかり固定し、誤飲の危険がある小物は片づけ、電気コードにはカバーをつける。人間にとっては些細なことでも、猫にとっては命に関わる危険になり得ます。お預かりの環境づくりは、いわば「小さな命を守るための準備運動」なのです。
4. 日々の生活
お預かりの日常は、決して特別なものではありません。むしろ「毎日の繰り返し」を根気よく続けることこそが大切です。
朝はまずトイレ掃除から始まります。猫は清潔好きな動物で、トイレが汚れていると使わなくなる子もいます。食事は年齢や体調に合わせて用意し、食べ残しや体重の変化を観察します。保護直後の子猫は下痢や風邪をひきやすく、毎日の体調チェックが欠かせません。
通院や投薬が必要になることもあります。最初は嫌がって暴れる子も、次第に慣れて少しずつ落ち着いて薬を飲めるようになります。そんな小さな変化を積み重ねながら、健康と安心を取り戻していくのです。
5. 心のケア
保護猫のお預かりで最も大切なのは「心のケア」です。人間に馴れていない猫は、人の気配に怯え、手を伸ばせば飛び退きます。そんな時、無理に抱こうとせず、静かにそばに座り、本を読んだりパソコン作業をしたりして「人がいても大丈夫」という空気を作ります。
おもちゃを使って遊ぶのも有効です。最初は距離をとりながらじゃらしを振り、少しずつ近づけていきます。やがて猫の方から一歩近づいてくる瞬間が訪れます。撫でられるのを受け入れるようになったときの喜びは言葉にできません。心を開いてくれたその小さなサインは、お預かりを続ける大きな力になります。
6. 子猫たちの変化
保護されたばかりの頃は怯えていた子猫も、日を追うごとに表情が柔らかくなっていきます。最初はケージの隅でじっとしていた子が、ある朝にはのびをして毛づくろいを始める。鳴き声が不安げなものから甘えた声に変わる。おもちゃを追いかけ、兄弟で取っ組み合いをし、人の前でも眠れるようになる。
写真に収めたとき、その変化は一目瞭然です。瞳の輝きが増し、体の毛艶が良くなり、姿勢がリラックスしていく。そうした変化を目の当たりにすると、「預かってよかった」という思いが胸に広がります。
7. 苦労とやりがい
もちろん、すべてが順調なわけではありません。夜鳴きで眠れない日、体調不良で不安になる日、投薬に手を焼く日もあります。家具を壊されたり、カーテンによじ登られたり、思わず頭を抱える瞬間もあります。
しかしその苦労を上回るのが、猫たちが心を開いてくれる喜びです。最初は触れなかった子が自ら膝に乗ってきたとき、風邪でぐったりしていた子が元気に走り回るようになったとき、その瞬間の感動は何物にも代えられません。
8. 支える人たち
お預かりは一人で完結するものではありません。保護団体が医療や譲渡を担い、動物病院が専門的なサポートを行い、仲間のボランティアが励まし合い、物資や寄付で応援してくれる人たちがいる。多くの支えがあって初めて成り立っています。
また、SNSで日々の様子を発信すると、「かわいい!」「がんばってるね」といったコメントが届きます。その言葉に救われ、続けていく力をもらうことも少なくありません。
9. お預かりが社会に与える意味
お預かりは単に猫の世話をするだけではありません。保護猫が安心して暮らせる時間を提供し、里親につながるまでの橋渡しを担う重要な役割です。預かりがなければ、多くの猫が行き場を失ってしまうでしょう。
つまりお預かりは、命をつなぐリレーの一員として不可欠な存在です。たとえ自分が譲渡を直接しなくても、その命を次につなげるための大切なバトンを握っているのです。
10. まとめ
保護猫のお預かりは、決して楽な活動ではありません。しかしその中で得られる喜び、学び、つながりは何物にも代えがたいものです。怖がっていた猫が人を信じてくれるようになり、健やかに成長していく姿を見守ることは、大きなやりがいです。
「命をつなぐ」という言葉はよく使われますが、それを日々の暮らしの中で体感できるのがお預かりです。小さな命に寄り添う時間は、自分自身の人生を豊かにし、社会を少しずつ優しく変えていく力を持っています。
